2010年02月17日

ルッキング・フォー・ア・サーテン・レシオ・・・ /ア・サーテン・レシオ 1993/06/03



ルッキング・フォー・ア・サーテン・レシオ・・・
ア・サーテン・レシオ
1993/06/03


最近、水曜日にあろうことか我が音楽、我ら夫婦がやってた音楽を開陳させて貰ってます。
まことに僭越ながら。
自分のこととなるとなかなかこれがわからないもので、
普段極上完璧!な盤を讃えさせていただいてるのに同列で載せていいのかー。
しかも自信作とかほざいてるし。
が、やってました。
人生のレールロードを完全にそこにおいて。
売れるも売れないも当時は思わず。ただやりたかったからやった。
何故ってば、そこに未来が有ったからです。
70’sの洋楽好きだけだったら多分そうはならず。
パンクがまず有って。それだけでもならなかったな。ありゃ未来が無い音楽ですから。
問題は次に続く世にニュー・ウェイヴと呼ばれてたヤツ。
パンクがぶっ壊してくれたおかげでとにかくアイデアがあれば誰でも音楽がやっていいことになりました。
技術より、熱意と創意優先。
それでまあ、出来るっ!
って思ったのが運の尽き。
さらに悪いことにいいことに、次から次へと圧倒的な楽器界の技術の進歩があった。
安いシンセは出るし、4TRカセットで自宅で録音できるし、一番ロックで問題なのはドラム。
そうそう叩ける環境なんてのはこの国では無いです。
それがドラムマシーンの登場で解決した。そしてシーケンサーも。

これにて問題の技術的弱点も解決。アイデアが即それなりのクオリティで実現することが出来たよ。

当時の愛読雑誌はサウンド&レコーディングマガジンになりまして、
日夜、新サウンドを求めます。

思えば幸せな時代だったと。新しいものが刺激的なのは健康だから。
もう徹底的に付き合いましたぜ。ハウス・ミュージックまで。
はい
それで最初に出させて貰った音源と最近出してるものがえりゃあ違うんです。
節操無く変わってまして。それで良しでしたから。

その最近開陳してる我がブツ。音楽に未来を見てた最後期、1991〜3年頃のものです。
その中でも先週の

ではなくて”。

これ、実は2ndヴァージョン。最初に作ったのは86年頃じゃなかったかな。
テクノでして、その頃はまだ8ビットのコルグのドラムマシーンしかなく、シーケンサーも貧弱で音質も劣悪。
熱意だけは最上で上記の弱点除けば最高にいいもん出来たなあと思ったもんですけど、悔いも有り、
作り直したのだ。
ちょうどその時期です。探していたものを見つけたのが。

ルッキング・フォー・ア・サーテン・レシオ・・・
〜Looking for a Certain Ratio




何でもやっていいことになったNWの一員の最初の連中だったヤツラのCD。
長いこと会うことが無かったもの。探しに探してたらやっと見つけた。
調べたら1993年の6月3日に出たんだって。
音源はオリジナルのものでは無く90’s仕様に完全に作り直した、リミックスものです。
ちょうどクラフトワークの”ザ・ミックス”と同じ発想だ。
待ちに待ったるその再開、まータマげた。あれ?こんなに上手いバンドだったっけか?
これ

A Certain Ratio "Shack Up"
http://www.youtube.com/watch?v=ldfzypHivI4




これ

Shack Up (Electronic radio edit)---A Certain Ratio
http://www.youtube.com/watch?v=pkgRUgNnSNc


に変わったんです。そりゃたまげる。
♪ ルッキング・フォー・ア・サーテン・レシオおお ♪
ってイーノちゃんが歌ったそれが現実になったそのバンド。魅力は勢いだけでブチかますギクシャク・ファンク。
あのジョイ・ディヴィジョンとファクトリー・レコードの同胞、しかし方向は違って、

ダンスインザダーク



ギクシャクの上にやたらめったら暗い。しかも寒い。それが魅力でした。
アータ、ファンクと申したら熱いものと世間ではおそらく思われていると想像するのですが、
実際は

クーール!!

といいますでしょ。本家アメリカ産のも地獄の鬼のように醒めて、そしてどす黒く暗い面も持ち合わせてます。
特にP−ファンクの連中なんかその道一直線。
何が楽しいだ、明るいことなんかこれっぽっちもありゃしない、けど踊りたいんだ踊らせてくれ。
もちろんイギリスの連中には、特に白いガキどもなんか本家にある資質はまるっきシ無いけど、

何が楽しいだ、明るいことなんかこれっぽっちもありゃしない、けど踊りたいんだ踊らせてくれ。

は、悪いことに負けないほど有った。しかも寒い暗いも負けないほど。
そんで出来ました。まるで反対側から走って来てゴールが同じの音楽が。



それが
ワン・ディケイド経ち、更に若いヤツラの毒牙にかかり変身させられる。
まるっきし逆かもしれないエレクトリカな物体に。



それでこっちは・・・・
ガッカリしたかといえば・・・そりゃオリジナルが聞きたかったからガッカリはしたけど・・
喜んじゃったよ。

これも有りじゃん。って。

バブル景気で踊ったジュリアナ東京の閉店が1991年5月か。
今につながる暗黒の時代の始まり、まだ残り香漂うオポンチ・ビートに、前時代の暗黒が乗っかってる。
地獄の入口と出口が同じだったような。
喜ぶはずも無い高揚感がございます。



当然、売れもせず。昔と同じように。
そして
その売れもしないとこに魅力を感じちゃってさ、こちらも音楽作っちゃったから・・・
はい、びっくりするくらい同じようなことをしてます、私ら。

運命を共にし最後の徒花を咲かせ(誰も気付いてくれませぬけど)、

商売をコンピューターものに変え(これまた地獄の一丁目)、

プレイステーション発売が1994年12月3日。

仕事とバイオハザードとファイナルファンタジーとダビスタの日々をおくることに。
仕事がハザードし始め、
このROCKSを始めて、目が覚めた様に、新しいこと=善ではないとどんどんわかり始める。

しかして
あそこまでの熱はリアルだったと信じてます。
そして
あそこで終わらせたのも自然だったと。

ところが幻想は未だにあのまま続いてるみたいで。世では。
おれ、
ロックファンが一番わかってると思うがなあ。
進化進化と突っ走ってその挙句がどんな結末になっちまうか。

そうじゃないでしょうか?


書いちゃって
そうだよ、今晩も出来たらまたあの時のを出したいなあと思ってたんです。がく〜(落胆した顔)

どうしよう。たらーっ(汗)

17年後に生き返るかな。地獄の鬼とのお付き合い音楽。グッド(上向き矢印)



(山)2010.2.17

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Looking for a Certain Ratio

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ろっくす特製でかいジャケットのページ也。

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A Certain Ratio - The Fox
http://www.youtube.com/watch?v=KrouEvtYRKE


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ろっくすア・サーテン・レシオのページ

英語資料


English Version

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